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恩を売った見返りVS無償の愛へのレスポンス

 

「とりあえず、これ、受けとっておけや」

 と言って、ちょっとした物を相手が望んでいないときに渡すのが、恩を売る、という行

為。

 無償の愛というのは、見返りのことなど、そのときには思ってもいない。

 たとえば、遠いところまで旅行に出て、途中で出費がかさむか置き引きに遭うなどして

家に帰るお金がなくなっているところに、「これで足りるか」と言って、さっとお金を差

し出してやるのが無償の愛。

 非常に疲れていて、ぶっ倒れそうなときに、「お水、汲んできてあげるわ」と言って持

ってきてくれる、ただ、そのたった一杯の水、それが無償の愛。

 こんなことも言える。

 素人が、プロレーシングドライバーに、「それなら、おれは、こうやってますけど」と、

欲もなく自分の運転の癖を教えて、その結果、その癖を使用したお陰でレースで優勝して、

「アンタのお陰で優勝できたから」と言って、ラーメン屋台の開業資金を進んで出してや

る。そういったことは、無償の愛の結実。

 頼みもしないのに、先に豪勢に奢っておいて、「ウチの会社に就職しないか」と薦める

のは恩を売ること。

 情けは人のためならず。

 無償の愛を実践している人には、思わぬ助け手が現れるものです。自分の望みも叶いま

す。

 本当に困っているときに、助けてくれるのが真の友人です。

 勿論、財力が余っているとか、体力がある、とか、特定の知識を持っているとかの前提

条件は必要ですが。

 義理で葬式に出たり、義理で贈り物をやりとりするのは、それも或る程度必要でしょう

が、心温まるつきあいではありません。

 喉が渇いているときにもらう水は、価値が何倍も高いのです。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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コメント

  1. 山雨 乃兎 より:

    >ビター・スイートさん
    ナイスを有り難うございます。(^。^)

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