次の日、朝八時から仕事に就いた。
体育館のような造りの工場だ。
体育館の八倍くらいの容積がある。
その工場が二つ、敷地内にあった。
僕が行かされた工場は、鉄を押して成形するところだった。
オレンジ色の鉄が、左奥の場所から出てきて、それを、ローラーで圧迫してL字型に成形してゆくのだ。
「君、こっち来て」
と言われて、中二階の剥き出しの場所に行った。
「基本的に、ボタンを押してくれたらいい仕事だから」
そう言われて、直属の上司は、圧延ローラーの制御ボタンを押しはじめた。
「よく、見ていてよ」
そう言われて、僕は操作を見ていた。
ボタンは二つか三つが対になっていて、傾斜のついた坂を鉄の溶けた棒が滑ってくるのを圧延ローラーに通す。ボタンを順行の向きに押すと、鉄がローラーに吸いこまれて成型される。
但し、規則的に、どんどん鉄の溶けた棒は出てくるのである。
前の鉄を一旦、途中で止めて、待たせて、先の鉄を流す。
血液の流れのようなものと言えば分かりやすいだろうか。
鉄が坂を下ってきて、ローラーに入ろうという寸前には、もう順行の向きにしていないと停滞して、溶けた柔らかい鉄なので、圧迫されてローラーの前で垂直に立ちあがるのだ。
そして、そうなると鉄は、東西南北どこに向くか分からない方向で倒れる。
完全に冷め切っていない鉄が、行路の傍で作業をしている人に向かって倒れかけるのだ。
とは言え、そんなに困る自体もなく一日目は終わった。
昼休み明けは、半端な長さで残っている鉄を、現場でガスバーナーで切断した。
「僕、溶接とか、免許持ってないんですけど…」
そう言ったが、
「大丈夫、大丈夫、酸素とガスの出すタイミングを間違わなければ問題ないよ」
と言われて、鉄を裁断した。
昼から、西陽が工場にはいってくると、鉄粉が空中に舞っているのが見えた。
工場全体に細かい鉄粉が舞っていた。
もし、ここに永久就職したら、肺の病気になるかもしれない。何故か僕は、俯瞰して自分を客観視していた。
ドラマーになる為の、一時的な仕事だ。
健康に害が及ぶほどの期間は、この工場に居ないだろう、と自分に言い聞かせた。
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