仕事にも慣れてきた。
本来、一時間の残業を含めて六時に終わりだった仕事も、もう二時間残業してくれ、と頼まれるようになった。
沖縄から出てきた出稼ぎの意味で仕事をしている中年の人には、よく訊かれた。
(出身地が思い込み間違いでした)
「**、何で、地元で仕事を探さないだ」
と。
その人には、僕は、ドラマーになりたいから東京へ出てきた、ということを何度も言ったが、
信じてもらえなかった。
地元できちっと就職する以外の生き方があるなんて、その人には想像もつかなかった事なのかも知れない。
池袋へよく出かけるようになった。
週末に、埼京線に乗って、B君やP君と待ち合わせした。
その日も機嫌良く、池袋で飲んで、一晩中東京を巡り歩いた。
「山雨(ホントは本名)、東京の名所に案内してやろう」
と、B君が言って、
サンシャイン60の麓まで案内してもらった。
夜明かしした三人は、早朝から開いているコーヒーショップに寄った。
Bくんは、市場の仕事なので、一晩徹夜が相当こたえたらしい。
「オイ! P、煙草の煙を俺に向けて吐くなよな。」
「じゃあ、どういう風に吐けばいいんだよ」
B君は、口をすぼめて煙を吐いた。
「こういう風に、横に吐くんだよ」
「分かったよ」
睡眠不足で、三人の雰囲気が険悪だった。
それから、僕は、寝ずのまま、圧延所の寮に戻った。
朝から仕事である。自分が遊んだのだから言い訳できない。
始業より、大分まえに、埼京線で寮に戻った。
部屋に入ると、誰も居なかった。
二人部屋で、先日から青森から出稼ぎに出てきている若い(十代後半の)男と相部屋となったのだが……。
「済まん、こんな早くに」
と、言ったが誰も居ない。
次の瞬間、寮室の引き戸が開いて、
彼がはいってきた。
「済まんなぁ」
と言い終わる間もなく、
おれは、相手にどつかれた。
ーーーゴンンゴンゴンゴン! ドタドタドタドタドタ!ーーーー(擬音で申し訳ない)
奴に胸ぐらを掴まれて、寮室の外側の窓まで押しつけられる。
四五発は、相手のパンチをくらった。
いきなり殴られて、おれは戦闘態勢でもなかったので、必死で相手をなだめた。
「どうしたんや。理由を言ってくれ」
それでも、まだ相手は殴ってくる。
「ちょっと待て! 説明してくれ」
と、おれが言うと、
ようやく相手は説明を始めた。
「お前! 俺のジャケット、盗ったやろ! 時計も!」
「何のこっちゃ! おれはオマエの物なんか盗ってない!」
「嘘言え! 後ろめたいから、遠出しつてんやないのか!」
「何で、おれが、そんな事すんねん。第一、おれは、自分のブレザーかて持っとるがな。……ちょっと待ってよ」
おれは、そう言って、自分の荷物置き場のスペースを確認した。
オリエント社の時計が、ベルトが引きちぎられて、そこにあった。
「ホラ、見てみい。おれの時計、昨日、別のを嵌めていったけど、こっちはベルトが切られとる。おれも被害者や! 大事なモン全部持って動いとってよかったわ」
ようやく、彼は事情を飲み込んだ。
流れ者の男、最近、寮にはいってきた男が、どうやら寮内の貴重品を荒らしまわって逃げたらしい。
「俺、お前に済まんことした。もう、ここには居れない。他の派遣先いくわ」
と、彼は言って、本当にその日の内に寮を出ていった。
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