PR

『1995年』ーーー10

【この物語りはフィクションです。実在の団体および地名とは無関係です。】 

 翌日、会社が休みの四方田さんの主人も村の人も、朝から誰も農作業には出なかっ

た。おれは雑草ひきだけでもしようと玄関を出かかったが、夫人に止められた。

「佐伯さん、今日は、仕事しなくていいんです。昼まで待機しといてください」

 約束の一時に公民館に行った。

 村の殆どの人が集まっていた。

 赤い作務衣のような服を着た四方田夫人が演台に立ち、

「お話し会をはじめます。まず、祝詞を上げます」

 ーーー高天原にかむずまります……

(何……宗教なのか……)

 普段着の人が多かったが、女の人のうち五人が赤い作務衣を着ていた。

「伊藤導師に敬礼!」

 祝詞が終わると四方田夫人がそう声を張りあげた。

 東の鴨居の上方に額が掲げてあり、軍服姿の白髪の老人の写真がある。目元が下が

ってはいるが深い思索をしてきた後のような難しい表情の男だ。

「今日は、青木さんが丁度、本部の研修から帰ってこられたところですので、ご報告

をしてもらいます。どうぞ」

 四方田夫人がそう言って、座っている中年の女性へ手の平を向ける。

 男たちも大勢いるが私語がまったくない。

「青木です。函館の本部に三日間いってきました。塾の子供たちも歓迎してくれまし

た。職員もヘルプの人たちも非常に真面目にお勤めにはげまれています。座禅と祝詞

が中心の研修でしたけど、あ、和親会は元から座禅が中心でした。いけない。……と

もかく有意義な三日間でした。職員の方やヘルプの方が私たちの食事のまなかいとか、

掃除とかを一生懸命にやられているのを見て、私は、やっぱり我を捨てた奉仕の心っ

て大事だなぁ、私も、それを忘れたらいかんなぁ、と思いました。禅の最中、三日目

に不思議な体験をしました。何か、目を閉じてるから何も見えない筈なんですけど、

突然電気が灯ったみたいに光が見えて、何か上手く説明できないんですけど、不思議

な体験でした。皆さんのお陰で行かせてもらいました。有り難うございました」

 そこまで話した青木という女性に四方田さんは何か、目で合図をしている。

「ああ…導師様のお導きに感謝しています」

「はい。有り難うございました。青木さんでした。拍手!」

 全員が拍手した。

「皆さん、ホントに導師様のお導きに感謝せずにはおれませんねェ。函館という処は

導師さまが大悟を得られたところです。新撰組の残党が最後のあがきをした処でもあ

りますが、そんな時代を経て再び天皇陛下さまの時代になったのです。その天皇の先

祖で神そのものの生まれ変わりであられるのが伊藤導師さまです。皆さんは、日本の、

否、世界の根源の神様にお仕えしているのです。今、世間では宗教が全部悪者のよう

に言われたりしていますが、私たちの信じる神様は本当の神様です。皆さん、これ以

上の幸せは、他の世界には有りませんよ」

 皆がそれぞれに頷いている。拍手も少し起こっている。四方田夫人を見るそれぞれ

の目は、自分たちだけが本当の世界につながっている選民意識のような自負の心が浮

かびあがっている。

 おれは宗教にはまったく興味がない。

 神は居るのかもしれないが、それは凡人を超えたエネルギー体に過ぎないと思って

いる。全能者として罰や喜びを与える宇宙の審判者というような存在は、いないもの

と思っている。おれの病状とて、神に祈ったから改善するというようなことはないと

思っている。人間個々の自然治癒力で治るだけた。

 大阪の支部から来た、先生と呼ばれる身分の五十代ぐらいの男性が話しはじめた。

 宇宙は膨張しつづけていて、丁度風船に印したマジックの点のように、銀河系同士

が離れていっている。その風船の外側に、七人の神がおられる。その七人の神々の生

命さえ生死させることの出来るお方が伊藤導師さまだと云う。

 一神教のヤーウェやキリストも地球上の神でしかないらしい。

 伊藤導師さまは、他のどんな神とも違って、ローマの神クロノスにしか赦されてい

ない時の制約からの自由も御力として持っておられる。

 死んでから行く世界が実在界で、そこでは肉体の制約を受けない。

 この世での行動の善悪と魂の純化され方の差によって、死後、二百二十段に分かれ

た霊層階のいずれかに行くそうだ。

 上から二段目にゼウスやキリストや釈迦が居るらしい。一番上は先の話しで出た七

人の神が居られて伊藤導師も共におられる。霊的にはそういう事になり、同時に物理

的には伊藤導師を含めた八人の神は、宇宙の外側におられる。そして、伊藤導師だけ

が、霊層の全ての階と宇宙の隅々にまで一瞬でテレポートできるらしい。

 驚いたのは、今のコンピュータ文明はずっと昔に既に存在したという事だ。車や飛

行機などは化石燃料を使わずに太陽エネルギーで既に有ったらしい。地球とは別の銀

河のなかの或る太陽系での事らしい。一万年ほど前の時代らしい。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村

PVアクセスランキング にほんブログ村 新(朝日を忘れた小説家)山雨乃兎のブログ - にほんブログ村
タイトルとURLをコピーしました