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第一回、東京家出の記ーーー16

 圧延所の仕事では、もう少し残業をしてくれないかと打診され、六時に仕事を終えてから、隣の工場で二時間働くことになった。 といっても、仕事の内容としては相変わらず、ラインのモーターの制御ボタンを押すことがメインだった。

 ある日、休日出勤して、件の工場で雑用をしていた。
 精製ラインから外れて、出来た失敗製品をガスバーナーで切断していた。
 ラインは一時的に止まっていた。
 ラインの位置から、派遣社員の人が、不良品をペンチで摘んで外に投げた。
 あろうことか、その鉄棒が、僕の向こうずねに当たった。
 鉄の切れ端といえども、まだ少し熱を持っている状態のものだ。
 鉄は重いので、弁慶の泣き所はかなり痛かった。
「休みに仕事すると、余計なこと(問題)が有るもんだな」
 と、他の正社員たちは言っていた。

 鉄を投げた人は、「ごめんごめん」と言っていたが、怪我の部分は、青あざができていた。
 数日すると、痣の内部が疼くようになった。
 熟れたトマトのように。
 傷もあった。
 骨も凹んでいる。
 これは、膿んでしまってはいけない、それに、骨に異常はないのだろうかと思った僕は、休みをとって、病院に診てもらいに行った。
 僕としては、どこの病院がいいのか、家出人なのでさっぱり判らない。
 それで、有名な大きな大学病院にした。

 慶應義塾大学付属病院。
 病院に向かう電車のなかで、僕は、フォーカス(写真週刊誌)をかじり読みした。
 丁度、夏目雅子さんが、白血病の治療のために、同病院に入院されていた時期だった。
 可哀想になぁ、と思った。見下した同情ではない。
 治療もきついだろうし、白血病とは、その当時治る見込みの薄い病気だったし。
 僕は、角川が作ったドラマの『西遊記』が好きで、夏目雅子さんにも惚れていた。

 さて、整形外科で、受付をして待っていると、フルフェイスのヘルメットを小脇にかかえた太った人が、待合室を超えて診察室まで勢い込んではいっていった。

 中の会話は丸聞こえだった。
「先生! 急患なんです。すぐ診てください」
「急患てね、急患だったら救急車でくるでしょ。きちんと受付して、待合室で待ってください」
「そこを何とか、診てもらえませんか。本人、大分痛がっているんです」
「ですから、緊急じゃない限り、特別扱いはできませんよ」
「何とか、先生! お願いします! ホントに急患なんです」
「で、どんな状態なんですか」
「ええ、腰を打ちましてね。酷い本人は痛がってるんです」
(この部分正確な記憶でないので、ご本人の症状と違っているかもです)
「じゃあ、分かりました。診ますよ。それで、お名前は?」
「北野武です」
 待合室で待ってる患者全体に含み笑いが起こった。
 たけし軍団のメンバーだった訳である。
 武さんは、たけし軍団三人ほどに脇をかかえられ、診察室に入った。
 ほんの数分で彼は、また、軍団の人たちに身体をささえてもらって診察室から出てきた。
「おい! なんか、ケツに大きな注射されちまったなぁ。大丈夫なのかな」
 と、武さんは言いながら、整形外科をあとにしたのだった。
 当時、僕は二十二歳だったので、二十三年前の出来事である。

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