1. 窓際の「死体」が見ていた光
28歳の冬、私は西脇の縫製工場の一室にいた。
上司からは「お前は何をやってもダメだ」「死に体でいろ」となじられ、ガラス張りの部屋で、実務とは無縁の窓際作業を強いられていた。見せしめのような、息の詰まる沈黙。
しかし、私の魂は死んでなどいなかった。
かつてドラムセットの前で18年間ビートを刻み、吹奏楽の指揮棒を振ったあの情熱は、形を変えて「言葉」へと収束しようとしていた。
「音楽で果たせなかった再起を、今度は小説で成し遂げる」
その確信だけが、冷たいガラスの向こう側で静かに燃えていた。
2. 西脇の文房具店、店主との「静かなる決闘」
私は地元の文房具店へ向かった。プロの作家になるための「最初の武器」を手に入れるために。
並べられた長い軸の万年筆。一本一本、その重みと佇まいを吟味する。
「もういいでしょう、片付けますよ」
急かす店主の言葉を、私は聞き流した。これは単なる買い物ではない。私のこれからの人生を、トラウマも絶望もすべて飲み込んで書き換えるための「契約」なのだ。
手に取ったのは、パイロットの金のニブ(ペン先)を持つ中字ペン。
7,000円。当時の私の労働で稼ぎ出した、血の滲むような身銭を切った。
「これでいい」ではない。「これが必要なのだ」という確信が、その一本を私の指先に吸い付かせた。
3. 金のニブ(ペン先)が記憶した、34年間の咆哮
それから30年以上の月日が流れた。
あの万年筆は、今も私の机の上で現役だ。
いきなりタイピングで打ち込む現代の流れとは無縁に、私は今も最初の一撃は万年筆での「殴り書き」から始める。
金のニブは、独特の「しなり」で私の激しい筆圧を受け止め、34年かけて私の書き癖を、私の生き様そのものを覚えてくれた。
39歳での最愛の妻との死別、4度の死線、病院での命の査定。
そのすべての闇を、このペン先は掠れることなく紙に刻み続けてきた。
4. 「準備」はすでに整っている
私は、夢を追いかける「夢想家」ではない。
18年間ドラムを叩き続けたのも、26冊の著作を世に送り出したのも、すべては**「絶対に実現させるための準備」**だった。
独自ドメインのブログが、私が体調不良で伏せっている間も1,400人の読者のために働き続けてくれるように、私の言葉はすでに私の肉体を超えて走り出している。
今の不便な生活、夜中の氷の音に気を遣う静寂……。
それらすべては、次の「解禁」への伏線に過ぎない。
トラウマを許し、すべての未発表原稿をKDPに叩きつけるその時、あの28歳の私が買った7,000円の万年筆が、人生最高の放物線を描くことになる。


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