『再生』読了(追記あり)

 石原慎太郎さん著の、『再生』を読みました。


再生

再生

  • 作者: 石原 愼太郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2010/09/15
  • メディア: 単行本

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 福島智 (ふくしま さとし)氏の学位論文からの脚色引用、光成沢美氏の著書、なら

びに生井久美子氏の著作を参考に書かれた、と本編の後ろに注がある。

 

 どうして、こんなに生々しいものが書けるのだろう、と最初思っていたが、実話に基づ

いていたわけである。それでも尚、石原氏の筆力がなくては、ここまで赤裸々な心内描写

の作品は書けないだろう。

 

 主人公は、幼いとき、片目の視力を失う。

 そして、次はまもなくもう片方の目の視力を。

 さらに、中学のころ片耳の聴力を。

 そして、高校を卒業する頃(正確な時期については本編でご確認ください)には、もう

片方の耳の聴力を失います。

 

 主人公(男性)は、盲聾者となったしまったのです。

 

 読みはじめてすぐから、これは「ヘレン・ケラー」の伝記を読んでいるような感じだな

ぁ、と思っていました。

 というのも、書き出しに、現在の主人公の視点があるからです。

 今にして思えば、などという、過去を振り返るような書き方で現在が進行していくから

です。

 病気でそうなっていくのですが、「ああ、これは、片目だけでは済まないな」と思って

いると、やはりもう片方の目も見えなくなります。しかも、それだけの苦労で済まないだ

ろうなぁ、と読者を思わせ、ついには、両耳の聴力も失ってしまいます。

 

 途中で、巻末の注を読んで、実際のモデルが居たとわかってから、「何と、神は非情な

んだ」「世の中、不公平だなぁ」と思いました。

 

 そうでありながら、主人公は、徐々に徐々に、自助努力で壁を突破してゆく。

 ターミネーターの未来から来たコンピューターと闘う独身男性が、未来から追いかけて

きたターミネーターからサラ・コナーを守るために、自身の傷の治療を自身でする。そう

いう自助努力というのは、逞しいものです。

 あまりにも悲惨な状況が自分に迫ってくるとき、人は自棄になるだけなのですが、それ

でも何とか前へ進もうと自助努力する。

 一旦くずれた積み木の山を、もう一度、ゼロから組み立てていく。

 それでこそ人間なのだなぁ、と思いました。

 

 そして、主人公を助ける人が出てくる。

 母と、合計三人の女性。

 

 耳がまったく聞こえない、というのは、人間には耐えられないことです。

 無音室、という実験の描写が出てきます。自分の出した声さえ、吸音材によってすべて

吸い取られる部屋です。そんな部屋では、人間は一時間も精神的に保たない。

 さらに、そこで目隠しもする、という設定での実験も出てきますが、被験者は、短い時

間で椅子を抱いて縮こまることになる。

 

 目も見えない、耳も聞こえない、と、どうやってコミュニケーションをとる方法がある

だろう、と思いながら読んでいましたら、手のひらに直接、指で文字を書いて意志を伝え

るという方法が出てきました。その当時、誰も恐らく開発していなかった方法だと思いま

すが、主人公の母親がそれを実践しました。

 そこから、再生の物語がはじまります。

 

 目も耳も利かないということは、方向や空間の感覚がまったくなくなってしまうのです

ね。

 一つ思ったのは、盲聾者からすると、コミュニケーションが命綱だということ。

 普段、私にしろ、独りになりたい、とか、孤独を満喫したい、とか思いますが、それは、

世界が見えているから思えることで、盲聾者にとっては、コミュニケーションがないと、

世界そのものがないわけですね。

 

 主人公が高校生時代、同じ盲学校の同級生(当時は、主人公も耳は聞こえている)と人

生について語ったりするのですが、カフカの『変身』を読んだ彼は、作品が自分のことを

比喩していると、好きだった絵、才能を認められていた絵ももう描くことができない、と

悲観して自殺してしまいます。

 第一番目に恋愛対象となってくれた同じく目の見えない女性は、火事になったとき逃げ

る方向がわからぬまま煙にまかれて死んでしまいます。

 そういう喪失を味わいながら、それでも、2番目の彼女が、指文字や指点字をつかって

自分の学習を助けてくれる。

 この人がキーマンですね。

 男としての自負心を抱かせるためもあってか、彼女自身が主人公に惚れていたこともあ

るのでしょうが、性交もする。

 そして、主人公自身が、大学に進みたい意欲を持ったときに力になってくれます。

 声を出すことが出来ても、自分の声を聞くことができない。

 そして、彼女からは巣立ち、教え子と、だんだんと恋愛関係にはいっていく。

 きちんと、自分の勇気をふりしぼって相手のご両親に結婚の覚悟を言いにいく。

 何度か、自殺しようかとまで思った主人公だったが、自分を鼓舞する心を何度も奮い立

たせる。

 現在は教授の仕事に就いている主人公。

 いやはや、フィクションで作られたストーリー部分もあるとしても、人間の逞しさを感

ぜずにはおられない一作でした。

 全てが揃っていたら、こうしよう、と、普通の人は思うのですが、それで、一つでも欠

けた条件が出てくると、もう駄目だ、と思うことも多いのですが、この主人公は、小さな

ことに喜びを発見していく。しかも、最初はまったくの健常者であったにも係わらず、決

して自棄にならない。

 神は、その人でないと受けとめられない現実を与えられる。

 こういう不遇をとおった人だからこそ、人に心から愛情を注ぐことができる部分もある

と思う。

 文体は、今までの石原作品とはまったく違う。

 その音がくねるような文体で、心の内面を描写している。

 福島智氏に逢ってみたいと思った。

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コメント

  1. 山雨 乃兎 より:

    >xml_xslさん
    ナイスを有り難うございます。(^。^)
    感想、少しお待ちくださいね。

  2. 山雨 乃兎 より:

    >ビター・スイートさん
    ナイスを有り難うございます。(^。^)
    感想、少しお待ちくださいね。

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