先生の話しが終わると、四方田夫人が壇に戻り、「それでは御力を受けます」と言
って他の四人の赤い作務衣を着た女の人に合図をして言った。
「合掌! 聖体拝顔!」
皆が合掌した。
カーテンが開かれた床のようなところには透明な球が座布団に載っていた。直径五
十センチメートルぐらいはある大きな球だ。水晶なのだろうか。その上方に伊藤導師
の遺影がある。
「パワーを送ります。目を閉じて下さい」
おれはときどき薄目を開けた。
四方田夫人を含めた赤い作務衣を着た五人の女が壇上に並んで立っている。
四方田夫人が中央で、夫人の腰に片手をあてがって両脇の女性が立つ。女らは空い
ている手を斜めに上げ手の平をこちらに向けている。その女らの外側に立つ女らはま
た内側に居る女らの後ろの腰に手をあてがって、反対の手を同じように斜めに上げて
手の平をこちらに向けている。
四方田夫人は両手を斜めに上げ、手の平をこちらに向けている。
水晶が白くじんわりと光ってきた。
女らの手の平からスペクトルが出てきた。公民館内が赤や黄や緑の光で照らされた。
つき合いたくはないのだが、自分だけ退出しにくい。
四方田夫人以外の女は割に若いようだ。二十代くらいの肌艶をしている。そう思っ
たがそうでもないということに気づいた。四方田夫人の顔が高校生の娘のような顔に
変わっていたからだ。
えらいところに来てしまったと思った。しかし、同時に、これだけの現象が起きて
いるのだから何らかのパワーは出ているのだろう、と、そうであるなら、おれの不調
も癒えるかも知れないと思った。
おれは目を瞑って光を受けた。
瞼の裏に瞼を通過した赤や緑の残光が映った。
農作業の日々に戻った。
昼間、充分に体を動かすからだろうが、夜はよく眠れるようになった。
おれは四方田夫人から和親会の書物をもらった。
あの奇妙な現象が心にひっかかっていた。無神論者のままのおれだったが、病状が
少しでも好転するならと朝に祝詞を上げ、夜には書物を読んだ。
ローマ神話の神々も、ユダヤ教やイスラム教の神も全て根源は伊藤導師の霊によっ
て智恵を得ていた。日本人は天皇を崇拝すべきであり、全能者である伊藤導師も天皇
崇拝は認めておられる。
禅を組んでいると、光の点が見えるようになった。
頭重感がなくなり日ごとに頭がすっきりしてきた。
お盆になり、家に帰った。
長岡という小・中・高校が同じだった同級生と会った。
彼の家は寺山の麓にある。見晴らしのいい一戸建てだ。彼は大学進学はせずに中江
市で働いてきた。三十九歳のときに結婚したが嫁さんはある事情ですぐに亡くなった
らしい。仕事は四、五年ペースで変わっている。今は隣町の電子部品製造の工場に派
遣社員として勤めている。
「楽ではないわ」と長岡は会話の端々に言った。
おれは言いたくてしょうがなかったので、和親会の不思議な光景を話した。
「それで」
と、長岡が言った。
「否、すごいやろ? 掌から光が出んねんで。しかも病気も治ったりするらしい」
富士山の彫画、金色の背景に白と黒で万年雪の際を描いたものが東の壁に額にいれ
て掛けてある。二台の机の上にブラウン管モニターとステレオのミニ・コンポーネン
トがあり、長岡はメディア・プレーヤーでEnyaをかけている。大きなTVがあるの
だが何故だかTVを点けない。
「僕に、そんな話ししてもアカンよ。僕は別の信仰を持ってるんやから」
「えっ……」
北の壁の掛け時計の秒針の音と外のミンミン蝉の声が脳に切り込んでくる。
「僕はキリスト者なんやから。それになァ、佐伯君。どんな宗教でもエネルギーは在
る。それは集団の想念が同じ方向を向くからや。僕の信じとる神も全知全能の神。君
の信じとるのも、話しを聞くかぎり、そこでは全知全能の神と信じられとんねやろ?
佐伯君、他の話しやったら相槌もうてるけど、宗教の話しだけは、僕には妥協でけ
へん」
「いや、僕は別に、はいってくれいうて頼んどる訳やーーー」
「いや、そうなる。君は仕舞いには勧誘するようになる。まあ、コーヒーでも飲んで
甲斐バンドでも聴こうや」
おれに確固たる信仰がある訳ではなかった。それなのに、長岡は未来を予見するよ
うなことまで言った。長岡がシリアスに話しかけたらその問題は一歩も譲らない。昔
からだ。高校時代はおれが声をかけて集めたバンドでドラムを叩いてくれた。快活で
積極的な性格は変わっていない。ただ、昔よりも何か陰がある。奥さんが亡くなった
ことだろうか。
【折角、ご愛読いただいた『1995年』ですが、原稿に推敲の余地があり、最終話までの発表を見送ります。「前置き」にもエックスキューズしていましたが、何卒、ご理解ください。ここまでお読みくださって有り難うございました。】