「飲む、打つ、買う」について
いわゆる、大人の遊興ですね。
今、ギャンブル依存症について書いた本を読んでいまして、そのなかに書かれているこ
とで非常に首肯したことがあります。
大人は、現代では、自分の望むことをなかなか実現できずに、鬱憤を溜めているパター
ンがある。リストラや解雇で、不本意な人生になってしまったりして、昔よりストレスを
抱えている人が多くなっている。
或る閾値以上のストレスを抱えると、人は、遊興によって、そのストレスを発散させる。
勿論、それは、あって当然のことなのだ、と。
それで、この「飲む」=飲酒、「打つ」=ギャンブル、「買う」=セックス、というも
のが、すべてが、少しずつ実現できていると、どれか一つにのめり込んで依存症になるこ
とは、まずない、と。そう書かれていました。
アメリカでも禁酒法の時代には、他のギャンブルと売春という要素にのめり込む人が増
えて、地下組織も活動した、というようなことです。(この辺は、正確な知識でないので、
鵜呑みにしないでくださいね)
社会でも、そういう風に、遊興のうちの一つまたは二つを制限してしまう社会だと、他
のジャンルにのめり込んで依存症になる人が増える、ということです。
個人個人でみれば、「買う」の要素は、奥さんが居てうまくいっていればそこはクリア
ですね。しかも、佐藤優さんの『人生相談』の内容に因ると、性欲の吐き出し方は、別に
相手の居ないマスターベーションでもいい、と見解を書かれていました(快感の度合い
だけに限れば、セックスよりオナニーのほうが上まわる、と)。「ギャンブル」の要素は、
仕事そのもので安く仕入れて高く売る、などのセールスが成功する、とか、収入があって、
高額のものを買うとか、仲間内で僅少の額で賭をする、なんてことが出来れば充分ですね。
しかも、「打つ」=賭けの場合も、金銭がやりとりされなくてもゲームの醍醐味があれば、
賭け=ギャンブルと言える、と。「飲む」の要素も、飲める健康状態があって、酒を買え
る経済力があれば充分だと思います。
このくらいのことが、自然に普段できていると、どれかの要素の依存症になる危険性は
減る、と言えるのでしょう。
どうやら、何かの依存症になるのは、ただ単に本人の意志が弱いのではなく、この遊興
の要素の三つが平均して充たされていないからなるようです。
そして、遊興に耽る度合いは、現実の暮らしで、どの程度ストレスを受けているかによ
って変わるようですね。
もの凄く大量に、長時間飲む人の場合、性欲が充たされていないのかもしれません。
もの凄く、しつこい、長時間かけるセックスをする人の場合、身体をわるくしていて、
好きな酒が飲めなくなっているのかもしれません。
パチンコにのめり込む人は、もしかしたら夫や嫁と、上手くいっていないのかもしれま
せん。
どうやら、こういうことのようです。
「それで?…… 山雨さんの場合は?」
それを訊くか?
嗚呼、風俗に行ってこようか。それも、普通の恋愛でも、ちょっと押したらいいだけなのに……。
人には教授するくせに、自分はおくてなんですよね。
情けない。
それでは、また。(^。^)
コメント
>ビター・スイートさん
ナイスを有り難うございます。(^。^)