徳永圭さんの、『片桐酒店の副業』を読みました。
例によって、感想は追記をお待ちください。
追記・感想
結婚が決まった同僚に嫉妬し、わざと仕事上の用事を頼んだ。そのことによって同僚(友
人)は事故に遭い、還らぬ人となってしまった。という主人公のトラウマ。
そのトラウマを抱えながら、会社を辞めて父が残した酒店を継いだ主人公。
父の遺志で、本業の酒の販売・配達以外に、どんなものでも届ける宅配便の業務もして
いる。
その業務のなかで依頼者として会った十年後の自分に手紙を届けてほしいという少女の
依頼を思い出し、人生を捨てようとしている彼女を捜し出して届ける主人公。少女にも、
養父との間に、「自分のせいで」と思うトラウマがあった。
そのお互いのトラウマが、シンクロしてくる。相手の思いに自分の場合を重ねる。そう
いう描写だった。しかし、主人公自身のトラウマに対する述懐が少々くどい。まあ、ここ
まで心理描写を重ねるから本編に肉がつき、読ませる文学になるのだろう。文学ともエン
ターテインメントとも言える作品だが。
それと、現代は、ディスカウントストアやスーパーに押されて、酒屋というのが、その
仕事だけでは成り立たなくなっているという状況もストーリーでは表している。
他の本で読んだことを思い出したが、のんべんだらりと単調な作業を長時間繰りかえす
仕事もあれば、依頼が来たときにだけ急激に忙しくなる、というタイプの仕事もある。従
来のミステリーなどでは、探偵がそういう仕事をしていて、事件や謎に巻き込まれていく、
というのがよくあったが、今作の場合、副業の「依頼主の荷物を届ける」という仕事が、
従来の探偵の仕事のような役割を作品効果としてはしている。
金に困って求人の貼り紙を見て応募してくる大学生。気楽なマイペースの仕事のやり方
で店番をする初老の女。そして、昔の失敗を自分に忘れさせないためにスーツ姿で働く若
い店主。こういったキャラクターは、充分に魅力を出し、一種独特の作品世界が出来上が
っている。
全編では、3~4件の主立った依頼者からの荷物を届けるストーリーがあり、そのスト
ーリーごとに先を読ませるアクシデントも起きている。
「けもの道」と俗に呼ばれるこういう仕事も現代や未来にはアリなのではないか、と思
える。請負で決して儲かっていると言えるほど景気がいいわけではないが、一本立ちでき
ているのである。
同じ場所に読者が居るかのように感じる情景描写などは見事だった。
とくに感想としては、主人公が依頼主の現在は20代になっている女を諭すのに、「色
んなことがあっても、それを簡単にリセットするのではなく、少しずつ変わりながら過去
と折り合いをつけていく」ことこそが大事だ、という意味の言葉には共感した。現代人が
陥りがちな、自暴自棄になってすべてを終わらせようとする姿勢に、この言葉は歯止めを
かけ、生きる意味を提示している、と思った。
文学としてもミステリーとしても読める。
いい作品だった。