1. 「文学ごっこ」の連中には、一生分からない痛み
ネットの海には「小説家になろう」や「カクヨム」といった場所で、互いの作品を褒め合い、ポイントを稼ぎ合う「互助会」が溢れている。
他人の靴を舐めるようにして評価を乞い、お返しで自分の作品を読んでもらう。
断言する。それは**「文学ごっこ」**だ。
プロの小説家とは、そんなぬるま湯に浸かって「なれたらいいな」と夢見る存在ではない。
私は違った。28歳の時、上司から「仕事のできない死体」と罵られ、ガラス張りの窓際で息の詰まる屈辱に耐えながら、私は自らの身銭を切って7,000円のパイロットの万年筆を買った。それは「夢」への投資ではない。「プロになるという確定した未来」への宣戦布告だったのだ。
2. 「自費出版」という名の、血を流す覚悟
多くの志望者は、新人賞に応募しては落ち、愕然として立ち止まる。
あるいは、大御所の選考委員に生殺与奪の権を握られ、媚びを売る。
私は、自ら大御所を批判し、文壇という名の門を自ら閉ざしたこともある。だが、それで私の筆が折れることはなかった。
私は他人に頭を下げてまで金を借り、自費出版を強行した。
借金の重み、出版という実務の苦労。それを自分の肩に背負って初めて、言葉には「重力」が宿る。
新人賞の通知を待つだけの「受動的な人種」と、自ら道なき道を切り拓く「能動的な表現者」。その差は、**「自分の言葉を世に出すために、どれだけ血を流せるか」**という一点に集約される。
3. KDP(Kindle Direct Publishing):最強のゲリラ戦
現代には、KDPという最強の武器がある。
私はこれまで、自らWord組版をこなし、26冊もの著作を世に送り出してきた。
出版社に頭を下げる必要も、流行に媚びる必要もない。183cmの体躯から放たれる「斜め45度」への魂の投射を、ダイレクトに読者の精神へ侵食させる。
毎日1,400人が訪れる私の独自ドメインという「城」は、誰かに与えられた土地ではない。
私が金のニブの万年筆で殴り書き、Intel第10世代のPCで形にしてきた、血と汗の結晶だ。
私が体調不良で伏せっている時も、この「城」は不眠不休で戦い続け、山雨乃兎の真実を叫び続けている。
4. トラウマを許し、全原稿を解禁するその日まで
今、私は夜中に氷を取りに行く音さえ気にする、不自由な生活の中にいる。
水道も漏水で止まり、再起のための経済力を渇望している。
だが、焦って「西脇の仕事」を漁ることはしない。私はすでに「プロ」として、次の決定的な一撃を準備しているからだ。
かつて金のペン先が私の書き癖を覚え、一体化したように、私の人生の絶望はすべて「作品」という名の弾丸に変わった。
未発表の、世に出しにくい原稿たち。それらすべてをKDPに叩きつけるその時、門番のいない、広大な自由の荒野で、私は本当の意味で「勝利」を確信することになるだろう。
文学ごっこはもう終わりだ。
私は、私のやり方で、この世界の精神を侵食し続ける。


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