PR

随想

 思う処あって書くのだが、全体を一般論として語りたいと思う。


 


 くつろぐべく出会ってお互いが話す時に、ともかく自分の知識を延々と語る人がいる。


 ディベートなら、どうやって相手を説得するか、そして、説得した時の優越感の為にやるのだから、それで善い訳だが、アルファー派になって、お互いが寛ごうという時間に、それをやる人が居る。


 自分の事を書きやがって、と思わなくていい。そういう人が複数、大勢いる。


 会話で相手に喋らせる間を創らないのは、相手から何か訊かれては困るテーマを自分の中に抱えていて、常にそれを意識しているからだと思う。


 しかし、そういう当然話題になりそうなテーマで、しかも本人も重々承知しているウィークポイントなら、大人は敢えて訊かないから心配する事もないのに、と思う。


 男の友人同士で二人で部屋に居て、将棋でもゆっくり指しながら、十五分に一度、


「そう云えば、アレはどうなった」


「アレはまあ、順調や」


 くらいの言葉を交わし、ひたすら無言の静寂を味わうくらいな付き合いが、粋な付き合いでないのかなどと最近、特に思う。


 情報は脳を刺激する。


 くつろぎたいが為の時間は、そういう会話のペースの方がよいのでは。


 


 それと、「新聞を読んでない人と、どんな話しをするんですか」と言う人が居るが、そう思う人は、社会へ出てからの仕事の経験がないか、(有っても机上でやる仕事しかしていないとか)少ないのではないかと思う。


 別に、天気の話しくらいしか出来ないという訳ではない。


 現在している仕事、或いは過去に経験した仕事の話しが、男の場合は中心に来るのである。


 しかしながら、僕も、時事問題に対して自分なりの意見を持つというのは大事だなぁ、と意識し始めてきたので、最近は、以前よりも入念に新聞記事を読むようにはなりました。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
山雨 乃兎をフォローする

コメント

PVアクセスランキング にほんブログ村 新(朝日を忘れた小説家)山雨乃兎のブログ - にほんブログ村