『幾何学的思考』(ショート・ショート)

   『幾何学的思考(海水浴に行きましょう)』

「山雨さん、起きてください。今日は海水浴に行くんでしょ?」


 

「ああ、分かってるよ。ワトソン君。だけど、今日は晴れてるかどうか、現地の天気予報を確認しなきゃならない」


 

「それなら大丈夫ですよ、山雨さん。今日は一日中晴れで、現地は気温34度になるって、さっきTVの天気予報でやってましたよ」


 

「そうか、だけど、行く前に、ガソリンスタンドに寄って、ガソリンを満タンにしなきゃならない」


 

「満タンにしたらいいじゃないですか」


 

「いや、その前に、昨日書いた原稿を打ち上げなければ」


 

「そんなの、明日にすればいいじゃないですか」


 

「そうだな。だけど、水着を探さなきゃならない」


 

「探しましょう。すぐ見つかりますよ」


 

「そうだな。それから、歯をみがいておかないと、思わぬ出会いがあるかもしれんし」


 

「起きて下さい」


 

「起きたら、喉のうがいをして、コーヒーを入れて、起き抜けの一本を喫って、鼻をほじくってすっきりして、食パンをもってきてトースターにセットして、焼ける間にコーヒーを飲んでもう一本喫って、トーストをもってきてマーガリンを塗って、古新聞を拡げて、トーストを食べながらコーヒーを飲んで、下着をかえて服を着て、唇を洗って目を洗って、タオルで拭いて、頭に櫛を入れて髭を剃って、カーテンを開けて腕時計を嵌めて、マーガリンを冷蔵庫に戻して、下着を洗濯機に放り込んで、かけ布団をたたんで、パソコンの電源を入れて、灰皿をパソコンの傍に持ってきて、パスワードを打ち込んで、メールをチェックするんだな……」


 

「山雨さん…」


 

「俺、やっぱり寝とこか?」


 

「普通、考えてやる事じゃないですよ」


 

「ちょっと待てよ。起きる為には、左手で上半身を起こさなきゃならないんだな。いや、その前に、身体を横向きにしなきゃならない。いや、待てよ。その前に冷房のスイッチを、…それには、リモコンを探さなきゃ……いや、それよりも右手を動かさなきゃならない。それよりも何よりも、ワトソン君、俺はまず、右手を動かそうと脳の中で思わなきゃならない。大儀だ。………やっぱり、今日は止めとくよ。海に行くの」


 

「も~う。勝手にして下さい。ハアー」

 

 

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