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音楽脳で笊(ザル)の人と飲む悦び

 この人とは、いずれ喧嘩になってしまうのではないか、と懸念していた人とは、いずれの場合も、本当にその通り決別してしまう。

 肌が合わないのだ。

 それで、昨夜、それについて思い返していて気づいたのだが、喧嘩になってしまうのではないかと思った相手は、殆ど音楽に陶酔することが出来ない人ばかりだった。

 酒飲みの気持ちは、下戸の人には分からない。

 同様に、音楽を愉しめる人の気持ちは、そうでない人には、「歌を歌って、どこが楽しいんだ」くらいにしか理解できない。

 同じ酒を酌み交わすのでも、大して飲めない人と飲んでも面白くない。

 相手も自分と同じくらいのペースでぐいーっと空けてくれるから楽しいのである。

 音楽のメロディーや和音やリズムに陶酔する悦びが理解できない人も居る。

 そういう人と、音楽を愉しめる人とは、間の取り方が違うのだと思う。

 音楽脳であるかどうかは、カラオケを歌ってもらえば分かる。

 もし、相手が上手だったとしても、努力の末どうにか形になっていて、自分では歌っている事に特段の悦びを感じていないような場合は、その人は音楽脳ではない。

 楽曲に詳しいとか、沢山鑑賞しているというのは音楽脳の人であるかの判断基準にはならない。

 たとえ楽器がプロ級に演奏できる人でも、音楽脳でない人も居ると推察できる。

 音楽脳の人は、余韻や間を愉しめるのだ。

 かと言って、音楽脳でない人の人格を否定するつもりはない。そういう人は、他の分野に造詣が深かったりする。

 ただ、音楽脳の人は、音楽脳の人同士で相性が合うなぁ、と感じる。

 酒に強い笊で、音楽脳の人と飲むと楽しいだろうなぁ、と思う。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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