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誤認識と都合のいい詭弁

「実るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」

 などという句を引きあいに出してきて、誰にでも平身低頭で接するのが美徳である、と言いくるめる人がある。

 大体、それを言ってきた本人が、常識を敢えて遵守しないがめつい性格・行動なのだ。

 おれの家に許可なく上がって、無断で雑誌や本などを持って帰った男である。

 そんな男に対しても、頭を垂れるべきなのだろうか。

 だから、自分が動きやすくするために言っている詭弁である。

 社会人として最低限の常識をわきまえない行動をとるような人に対しても、頭を垂れるべきだとは思わない。句も、そんな意味では言っていないだろう。

 もし、そういう風に実践するなら、自分の軸足を他人にすくわれることになる。

「もし誰かが、汝の右の頬を打つなら、左の頬も向けよ」

 という聖書の箇所も、

悪漢にからまれているときでも無抵抗でいるべき、などという解釈をしてはならない。

 もし、その人に伝道したいなら、そして、必要ならばそういう場面も出てくるということであって、

誰彼に関係なく、暴力で襲われたら、どんな場合でも無抵抗で居ろ、というような意味ではない。

 誰にかかわらず暴力を受けるままにしていたら、自分の身体が駄目になって、それこそ伝道する基盤がなくなる。

 こういうことも分かっていない人が多い。

 こういう風に、諺(ことわざ)などを、理解が不十分な人に、自分の都合の良いように曲解して教えて、自分の得をむさぼる輩が居る。

 反吐が出る。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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コメント

  1. 山雨 乃兎 より:

    >xml_xslさん
    ナイスを有り難うございます。(^。^)

  2. 山雨 乃兎 より:

    >ビター・スイートさん
    ナイスを有り難うございます。(^。^)

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