『道化師の蝶』読了(追記あり)

 円上塔さんの単行本、道化師の蝶の蔵中同名作、『道化師の蝶』を読みました。


道化師の蝶

道化師の蝶

  • 作者: 円城 塔
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/01/27
  • メディア: 単行本

  例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 A・A・エイブラムス氏が飛行機のなかで追いかけつづけたのは、着想。

 それが、見える形としては蝶であり、着想を人に産み付ける蝶であった。

 本編後半で明かされるとおり、その蝶は、人間を形代(かたしろ)として用い、人間の

なかに寄生(或いは共生)していく。

 最後に明かされる、この物語りの根幹を成す現実の構造は、漆原友紀女史の漫画、『蟲

師(むしし)』のなかで描かれる虫の蝶版ではないか、と思った。

 本編は、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ章とあり、章が変わるたびに視点が変わる。最終章では、三人

称俯瞰目線で描かれていて、最後の最後には、文章の段落の途中で自然に件の蝶の一人称

視点に変わる。

 全編を正確にはもう記憶していないが、それぞれの章で出てくる主人公は、それぞれに

変わった仕事をして生計を立てている。A・A・エイブラムス氏にしても不動産業をした

後に、着想を捉まえることをして、その着想から商品を開発して富を築いている。刺繍を

教わるために全世界を旅行して、その土地にしかない刺繍の方法を文章で解説して原稿料

を得たり、当地の人々に教えたりして生計を立てている人も出てくる。友幸友幸という人

も変わっている。世界各地を転々として、膨大な種類の言語を習得していく。その傍ら、

小説を書き(無活用ラテン語で書かれているのだが)、その彼の作品に目を付けたA・A

・エイブラムス氏から逃げている。

 どの登場人物の生業を見ても、こういう風に生きられたら素敵だろうなぁ、と思える。

しかし、そういう仕事には簡単に就けるものではないことも、それぞれの人物のモノロー

グで伝わってくる。どうにか、今の形に落ち着いたのだ、というような感慨を以て。

 私の感想は一つの角度からの感想に過ぎない、と記しておく。

 人間の意識・意志というものは、脳に寄生する虫によって発生している。または、そう

ではないにしても、少なくともそういう虫(今作では蝶)の触発を受けて形作られている、

という考え方は面白い。ただ、面白いだけではなく、私は実体験として幻覚ではなく『蟲

師』に登場するような虫を目にしている。

 人間がアイディアを閃くとき、同時に複数の人間にその閃きが起こっている現実がある。

そういう現実を釈然と説明するには、見える人にだけ見える虫の存在を肯定せざるを得な

いとも言える。

 虫に限らず不可思議なことは世の中に多々ある。

 細かい感想も付け加えておくが、本編を読んでいて、A・A・エイブラムス氏が女性で

あることが、説明では理解できても描写ではしっくりこなかった。

 車谷長吉氏がエッセイのなかで述べられていたが、人間は、成長してきて、或る段階か

ら、「物心つく」のである。その「もの」というのが、本人ではない霊的な存在であるだ

ろう、とも語っておられて、今回読んだ『道化師の蝶』での蝶の存在と意味として重なる

ようにも感じた。

 言語や魂、意志、意識の、それが何故あるのかを説明するとき、こういう小説という形

をとって、およそ、こういうことではないだろうか、と提示することが出来る。それが小

説の特権のように思う。

 読んでいて、心が、のんびりゆったりする。文体の技とも言える。

 ファンタジー性があって尚かつ物語り世界の理論構築が難解であるから読みごたえもあ

る。 

 

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