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60代にもなって、現世のことだけを考えていていいのか。

 人間は、いつか死にます。
 どんな人にも例外はありません。

 血管系の病気の場合は、5~60代で突如死んでしまうこともあります。
 血管系の病気に罹らないように気をつけていれば、もう少し後、7~80代で、今度は癌になって死んでいく場合があります。
 癌にも罹らなければ、90代~100歳くらいで、今度は老衰によって死にます。

「私が死んだら、ニートの息子はどうなるのだろう」
「私の死後、墓は、誰が管理してくれるのだろう」
「私の死後、子孫は仲良くやってくれるだろうか」
「私の遺産を、どう配分しよう」

 そういう悩みは、有って当然でしょう。

 そして、自分の人生は、やるべきこともやりたいことも全てやったから悔いは無い。
 そう言えたとしても、

 貴方は、死んでから、完全に自分の存在を消せるのですか?
 残った者のことを考えるのは大事ですが、貴方自身は、死んでから、どうなるのです。

 私は、ライブ配信もしています。
 ライブ配信は、自室から行っています。
 リスナーの多くが言うのですよ。

「稲見くんの後ろに、長い髪の女の人の影がみえる」と。

 恐らく、亡き妻のS子でしょう。
 妻は、死後、ずっと私の近くに居るんですよ。

 つまり、四次元の世界ですね。
 私に対しての想いが強いから、なかなか次の世界に行けないのでしょう。

 もう霊体ですから、食事を摂る必要はない。
 しかし、物理的に私に接触することはできない。
 会話もできない。

 そんな状態が長く続いているんですよ。

 死んで、自分を消滅させることが出来る人は、死後のことを心配することは無いでしょう。
 それは、至難の業です。
 聖書にも、肉体も魂も滅ぼしてしまえる人を恐れなさい、と書いてあります。

 霊魂が永遠に残るなら、次の世界に行けるほうがいいですよね。

 キリスト教の場合は、それは、天国か地獄です。仏教の場合のことは私は知りません。
 生きている内に、天国に行ける確約をもらっていたほうが安心ですね。
 そのためには、キリスト教徒の場合は、悔い改めることです。
 今までの罪を神に申し出て許しを請い、キリストを信仰する姿勢に変わることです。

 それぞれの宗教で、それぞれの死後の世界への行き方があります。

 私が私の妻に対してできることは、生きている内は、とりなしの祈りをすることです。(妻の罪を赦してもらえるようにキリストに祈ること)
 もしくは、自身が死んだ直後に、妻と会い、手を引っぱって一緒に天国に連れていくことです。

 死後、地球上で浮遊しつづける、ということでもいいと思いますが、それはしんどいことですよ。
 次のステージに上がったほうが、絶対にいいでしょう。

 老年に差し掛かった人は、是非、自分自身の死後の行き先について熟考してみてください。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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