監督・森淳一さん 脚本・三好晶子さん 主演・永作博美さんの、映画『蛇のひと』を観ました。
例によって感想は、追記をお待ちください。
追記・感想
【注意・このレビューは、ネタバレを含みます。】
これは、心理ホラーですね。
西島秀俊さんは、こういう内面で恐いことを考えている登場人物の役柄が多いように思います。一見爽やかなんですが、内心を知ると恐いんですね。
舞台は、或る商社。
或る朝出勤したら、伊東部長(國村隼)が自殺したと聞かされる。
そして、部長の配下だった、やり手営業マン(商社課長・今西由起夫(西島秀俊)も出社して来ず、連絡もとれない。
やり手営業マン今西に、横領の事実が浮上し、主人公の独身OL(三辺陽子(永作博美)は、営業マン探しを会社に内密に指示される。
部長の葬儀が終わった頃、部長の妻が会社を訪れる。
営業マンが1億円横領したのは、じつは部長が経理履歴を操作し、営業マンが横領したように見せかけていて、金は部長が取っていた。
横領が発覚する前に営業マン今西は、その事実を掴み、部長宅を訪れる。
「自分がそつなく仕事をこなし、営業成績を上げ、部長を追い落とすかもしれない存在になっていったことが、部長の嫉みを買い、このような事件になったのだから、僕がやったことにして、とりあえず僕は失踪します」
と、営業マンは、部長に告げ、姿をくらます。
自戒・自責の念にかられた部長は、自宅で自殺した。
その部長が横領した金を、妻は会社に返しにきた。
晴れて無罪確定した営業マンだが、会社は、実力のある営業マン(今西)に戻ってほしいので、つづけての営業マン(今西)捜しをOL(三辺陽子)に頼む。
OL(営業事務・独身OL(三辺陽子(永作博美)が、やり手営業マンと関わりのあった人たちをたぐっていくと、この営業マンが助言したことにより、関わった人たちが微妙に不幸になっていたのを知る。
営業マンのそれぞれの行動は、動機としては善意だったのか。不器用な営業マンの助言だからこそ、関わった人たちは微妙に不幸になったのか。
そして、OLは、やり手営業マン(今西)のルーツ、実家を訪れる。
今西の幼い頃の義太夫の弟子同士だった人が、今は、今西の実母と暮らしている。
この幼馴染みの義太夫弟子の同輩から、営業マンの、とんでもない過去を聞かされる。
あらすじは、ここまでとしておきます。
幼い頃の、今西がとった行動、とても許されるものではありません。
義太夫の師匠の、妾の子の今西。
本妻の子、自分の兄の初お披露目の舞台で、巧妙な手口をつかって、兄に成りかわって舞台に上がる。
これは、アカンでしょう。
もう、兄は、義太夫の世界ではやってゆけなくなってしまいますやん。
長男ということで、跡取り紹介のための舞台をやったのに、弟が成りかわったら、年上の兄がもう一度やり直すことは出来ないでしょう。
このシーンを観ていて、頭がガーンと殴られたような衝撃を感じました。
その舞台の、今西の義太夫の発声が上手いんです。師匠と同格ぐらい。
妾の子なのに、義太夫の才能は突出しているので、弟子たちのなかでかなりいじめられた。そういうことがあったからにせよ、これはやってはイカン。
そして、それが原因で悲惨な事件が起きてしまうのですが、今西は、そういう結果になるために、全部仕組んで成りかわりをやったと、兄に言います。
もう、これは、サイコパスですよね。
元やり手営業マンは、結局見つかるのですが、見つかった先が、主人公OL(三辺)の恋人がやっている会社。つまり、三辺の恋人の会社に、今西は潜り込んで(就職して)いた。
不穏な展開だな、と思いました。
だって、その元やり手営業マン(今西)に深く関わった人たちは、皆、微妙に不幸になっているのですよ。このままだと、主人公OLも不幸になりそうですね。
物語は、元やり手営業マンが、義太夫修行時代に兄弟子に捨てられた対物方式の万華鏡を、主人公OLが探しだして、こっそり今西の車のダッシュボードに入れておく。そして、今西は、「おみやげです」と貼り紙のあるダッシュボードの中から、万華鏡を手にとって、昔の心の拠り所を取り戻す、という、そういうシーンで、最後は、商社から帰路を歩く主人公OL(口笛を吹きながら)というシーンで終わっていました。
ハッピーエンドとも、人によっては受け取れますが、どうも暗雲を残したままのラストですね。
続編があっても可笑しくないんじゃないかな。
人間の心や、人間の考えることが一番恐い、と思わされる映画でした。
誰でも、心の中にダークな部分(悪意)がある。三辺陽子は、それを、「蛇が居る」と言います。
タイトルは、そういう意味です。



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