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近隣散策

 近くの市の武家屋敷に行ってきました。

 内部は公開されていないと、勝手に思い込んでいたのですが、今日、観ることができました。

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 昔の建て方にしては、床が高いように感じました。

 尤も、昭和以後の建築とは大筋で違うのかも知れません。

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 部屋一つひとつが大きくなくて、天井も高くなくて、入るとストイックな気分になります。

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 井戸もかまども、僕の子供の頃でも、これと似たものがあったのですが…。

 若葉の勢いを感じる季節です。

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 また、お会いしましょう。(^。^)

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

近況……
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コメント

  1. タックン より:

    こんばんは。
    いつ頃の武家屋敷なのでしょう。
    質素な暮らしぶりが感じられますね。
    山」雨 乃兎さんの写真 いいですね~^^

  2. 山雨 乃兎 より:

    >タックンさん
    兵庫県加東市にある、旧尾崎家住宅となっています。
    三草藩の武家屋敷で、三草藩自体は江戸中期となっています。その後、幕末時に藩の大目付として活躍した尾崎弥一郎の後裔の屋敷が、当該の写真の処です。
    あんまり詳しくないので、正確に説明できないなぁ…。
    三草藩は、藩主が参勤交代をせず、江戸に常駐している定府の大名であったため、武家屋敷は藩主が時折、お国入りした際に利用する宿舎や、藩の国元詰めの役人の住居として使われた、とあります。(兵庫県加東市教育委員会発行のパンフレットから引用)
    越後国高柳一万石の藩主であった丹羽薫氏(にわしげうじ)が江戸中期の寛保二年所領が変わり、この地に三草藩が成立した、とあります。
    江戸からはるばるお国入りした際には、ねぎらいの酒宴も設けられたのではないか、と推察できます。
    写真は、あまり意識的に撮っていませんよ。出先で腰を落ちつけて取材や撮影をするというのが苦手なので、とりあえずの一発撮りを何枚も撮ります。(笑)
    また、お寄りしますね。(^。^)

  3. タックン より:

    ありがとうございます^^

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