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子供を叩けないことによって、問題のある大人をつくっている。

 子供を叩けないことによって、問題のある大人をつくっている。

 

【この記事は、あくまでも、私の個人的見解にすぎない、という事を前置きしておきます】

 

 倫理・道徳的に正しくない事をした場合(程度にも因るが)子供は平手で叩かなくてはならな

い。

 体罰反対論者なる人々のその理由は論理的に有るだろうが、今の小学校などの学級崩壊を招い

ているのは、教師が子供を、たとえ平手ででも叩くことが法的に違法になったからである。

 基本的人権という事を盛んに言う人も居るが、子供は、まず教育されて全うな倫理観を持つ大

人にならなければならない。

 図に乗る子供は、大人と同じ人権を主張しているのである。

 大人の人権は、大人になって始めて与えられるものである。

 家庭内で叩くのは法に触れない場合が多いが、だから人間的な躾けは家庭でだけという考え方

も違うと思う。

 全治何週間という怪我を与える程、殴るという場合に、初めて体罰というのである。

 愛があるから叩いたんだという理屈づけが後でも出来るから全ての大人から子供への暴力はい

けないという考え方も飛躍しすぎている。

 どれだけ図に乗って悪いことをしても、先生も親も絶対に自分を叩くことがないと思い込んで、

尚且つ、小学生にもなれば、何が倫理的に悪いことであるかは自らの良心の発達によって知って

いるのであるから、そういう子供から子供へのイジメなどにも、一切平手打ちさえせず、放置す

れば、大人になった時、自分に利があるかどうかだけが行動基準の人間になってしまう。勿論、

法を犯すと罰せられるので、そこは護るだろう。しかし、倫理観をしっかり持つ大人には決して

なれない。

 しっかり、して悪いことをしない子供はよいのである。そういう子供は叩く必要はない。

 人の物を黙って盗る。人の物を平気で壊す。そういう事をしたときに叩かなくてはならない。

 法律を見直しても、教師に叩く権限を与えるべきである。

 正当な理由があって叩かれたのなら、子供は叩かれて当然である事を判っている。

 理由がなくても子供を叩くというような、教師一人の暴走を見張るシステムも同時に必要だろ

う。

 子供に、一人前の人権など認めるな。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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