『1995年』ーーー4

 堂門が救急隊員に運ばれていった後、佐伯と石島は六階に戻った。

 商品開発部のパーティションでは、応接セットにあるTVが点けられ、御手洗が紫

煙をくゆらせながら立ったままかじりついて見ていた。

 佐伯の部下も石島の部下もどうやら買い出しに出たらしい。フロアは静かだが、そ

の中にあるTVのなかでは取材記者の切迫した声が響いている。

 阪神高速の橋梁が見事に倒れている。橋梁の路が分断されて、橋の下へ落ちかけて

辛うじて停まった路線バス。

「死者八十人とかヨッたけど、とても、そんな数やないで」

 御手洗が首をねじって佐伯と石島に言う。

 上空から撮影している生の映像に切り換わる。

 広い範囲が壊滅している。

 三ノ宮の状況も酷いが、民家地帯はブルドーザーで圧し潰されたような有り様だ。

戦後の焼け野原の写真が佐伯の脳のなかで思い出されてきた。しかも、ぽつぽつとオ

レンジ色の火が見える。

(あっ!)

 地上のカメラに切り替わって、フレームが横に動いている映像になった。視界の移

動の途中に、見覚えのある男の姿があった。グレーの作業着ーーーおそらくは被災後

にそれに着がえたのだろう。ーーーを着た初老の男は瓦礫のまえでしゃがみ木の枝の

ようなものを持って堆積の下へ語りかけていた。

 ーーー美津子! しっかりせえよ。救けたるさかいな。

 御手洗と佐伯と石島は互いに目を見合った。

「丸山社長です」

 石島が言った。

 長田区にある丸菱工業の社長、丸山徳三郎だった。主にコンドームを作っていた会

社だ。アイメックスからは原料から創った第二段階に当たる原料、ゲル状の物だが、

それを納品させてもらっていた。

「こんなんでは間に合わないですよね。警察と消防だけじゃ。何で自衛隊が出ないん

でしょう?」

 生き埋めになってる人が、おそらく大勢いる。方々で火の手があがっている。石島

がそうぼやくのも当然のことだ。自衛隊は出ているのかも知れない。しかし、画面に

映らないのはあまりにも広範囲だからだろう。

 方々で人が人を呼んでいる。

 これでは救かった人半分、家の下敷きになった人半分だろう。佐伯は画面を見てそ

う思った。

 家族が分断されてしまった。

 避難所になった学校が映る。

 皆が皆、しおれきっている。否、まだ避難所に今いる人たちはとり敢えずは自分の

家族の無事を確認できた人たちだろう。瓦礫の下に家族のいる人たちは、今頃必死で

身内を救けようとしているだろう。

 余震がまた有った。

 ここ大阪市北区でも、あれ以後、震度2~4の余震がつづいている。

 商品開発部一課と二課の部下たちが買い出しから戻ってきた。

 他の部も含めて二班に分かれ、神戸へ向かうことになった。一つの班は品を持って

直接向かう。もう一つの班は一旦、守口の工場へ行き現場社員と合流してトラックで

神戸へ向かう。

 自然な、団体としてのまとまりが出来ていた。誰がリーダーという訳でもなく、ス

ムーズにすべき事が決まっていく。

 守口へ向かう班についていこうと塊を追いかけようとした佐伯は、御手洗に呼ばれ

た。

「お前は、ここに居て、ここで出来る事を考えろ」

 一刻も早く、もう一度神戸へいって体を動かしたいと思っていた。体を動かさない

ことが、佐伯には罪のように感じられる。

 全体が動いては駄目だと御手洗は考えていた。全員が動けば、救助が救助でなくな

る。

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