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哲学宗教と啓示宗教

 まだ、たまに考えているが、考えが二転三転する。
 悪人に対して無抵抗であれ、という内容の聖句の意味は、こちらが伝道したいと思う悪人に対して、というのが、理論として落ち着きどころのようだ。
 人間、自分は、完全ではない、馬鹿なのだ、ということを悟らないといけない。
 僕のように、なまじっかプライドがあると、自分を賢いと思いこんでいる。
 賢いと思うのは、いいが、知能には限界があり、全知全能の神からみたら完全な馬鹿なのである。
 自分が賢いと思いこむと、何でも完全に理解しないと気が済まないし、何でも理解した気になっている。
 これが、哲学脳である。
 自分の脳で結論を出そうとする。
 聖書の言葉も、自分の脳で理解しようとする。
 これが、哲学的信仰だ。
 一方、啓示的信仰だと、つねに神と対話しようとする。
 つまり、逐一祈る。
 そして、神から答えが返ってこなくても、「わからない」は、「わからない」ままに据え置く。
 神の意志を聞こうとする。
 人間の頭で整理しても、神の言葉は理解できない場合がある、とする。
 つねに、神からの命令を待っている。
 これが、啓示宗教だ。
 僕も、ただの人間だ、ということを認めなければならない。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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