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意識して使う言葉

 頭が良さそうに感じてもらえる言葉というのがあります。

 その言葉を、文法的に間違いなく使うと、何か、インテリに思われる言葉です。

 例えば、

「~と言わざるを得ない」

「さらに言うとすれば~」

「けだし~」

 けだし、とは、「考えてみれば」の意味ですが(もっと、短縮すると、「すなわち」でも意味は当たっています)、普段一般の人が使わない言葉だけに、賢く見えてしまいます。

「何々という事情に鑑みたとしても」

 とか、

「推察する」

「拝察できる」

「思い至ることができる」

 色々ありますね。

 こういう言葉を使うと、ホントに格好いいんです。(ホントに、という処が、いけない説明です。「ホントに」という言葉は、何の強調にもなっていませんから)

 言葉は、初めて使う人によって披露され、それを登用する人が増えていって一般化します。

 例えば、関西でよく使われる「お茶をシバキに行こう」というのは、あんなに流行る前に友達と内々で使っていました。

 以前から、気にひっかかっているのですが、一般の人がニュースの目撃者としてインタビューされた場合などに、文章が終わっているのに、「はい」という余分な受け答えをしています。

 このパターンは、歌手の河合奈保子さんが、インタビューに応じるときに、溌剌とした明るさがあった方がいいというスタッフの意向に応えて、余分に「はい」を入れることに始まったような気がします。(河合さんが、どうしてああいう話し方をされていたのか。推測するだけですが)

 一般の人も、間が保たないなんて思わなくていいと思います。

 この、「はい」が、非常に耳障りです。

 ラジオのDJの人は、無音部分が長いと放送事故になってしまうので間を詰めた話し方を意識されていますが……。

 言葉は変化していくものですから、そういう話し方も自分でも馴染んでしまうのかもしれません。

 歳がいって健忘症気味なので、最初に用意していた話しを全部思い浮かべること出来ませんでした。

 また、お会いしましょう。(^。^)

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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