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天国とは…(追記あり)

 あまりにも、来世について、「こういう世界だろう」という認識で、私と違う人が多いので、

死語の世界がどうなっていくのか、を、私の見解として書いてみたいと思う。

 死んで戻ってきた人は居ない訳だし、あくまでも私の見解にすぎないのだが、披露したいと思う。

 

 と、ここまで書いて済まないが、今日はもう遅いので、本編は明日、追記で、ということで。

 お休みなさい。

 

 と、またここまで書いて、身辺の忙しさから、さらに追記の更新は遅れます。

 もう少し、待ってくださいね。

 

 

 追記

 

 天国と聞いて、「酒は旨いし、ねえちゃんは綺麗だ~」などという、『帰ってきた酔っ

ぱらい』の歌詞の世界を思い浮かべている人が意外に多いのだが、

天国とは、そんなものではない。

 天国とは、娶り娶られのない(聖書引用)世界なのだ。

 天国には睦み合い(セックス)はない。

 死んで後、一体となっていた夫婦に限り、一つの個体となって存在する。

 独身の者は、そのままだ。

 天国は、享楽の世界ではない。

 自分がいかに気持ちいいか、というような感覚を与えてくれるところではない。

 しかも、天国にも仕事はある。

 現世で、まだキリスト教信者になっていない人を霊体となって信仰へ導く仕事だ。

 天国には諍いがない。

 誰もが、同じ方向を向いているからだ。

 そして、究極だが、最後の審判のあと、地上天国が現れる。

 その期間千年間は、悪魔もなりを潜める。

 その後、さらに神的な力と悪魔との最終対決がある。

 それが、どうなるのかまでは預言でも書かれていない。

 天国では、芸術の研鑽を積む人には、その場が与えられているだろう。地上の芸術を超

えた天界の芸術を作成するのだ。

 もっと、解釈を別なのを挙げれば、天国にはいったとき、もう既に、人間の自我意識が

なくなっている。キリストの霊として合一しているのだ。自分がどう生きたいか、などと

は思わなくなって、キリストの血肉になったこと自体を喜んでいる。それが、本当のキリ

スト者のあり方だ。

 

 この記事には、また加筆することにする。

 では。

 ベルーナ!

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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