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映画『女の子ものがたり』完視聴

 映画『女の子ものがたり』を観ました。
 京都で創作をつづける漫画家の主人公(女)。それが現在。
 過去への回想に入ります。
 四国に引っ越してきた主人公。
 友達が二人できる。
 女の子は、いずれ、どこかへ行くものだ、という諦念がある女の子たち。
 友達が、いじめられていた女の子を助けた場面で、なぜか、助けた女子を、「アンタが一番きらい」と言ってしまう。
 気の向いたときだけ助けて、恩人ぶるのが許せないのでしょうね。この気持ちは分かります。
 三人の女の子たちは、高校生へと成長していく。
 そのうちの二人は、地元の不良の男の子と付き合い、やがて、不良の男の子と結婚する。
「幸せ」という友人に対して、それは幸せとは言えないと反論する主人公。
 二人の結婚した女の子は、毎日のように主人に暴力を受けている。
 なんかねーー、この辺の描写が、中上健次の小説を読んでいる感覚に感じた。
 でもね、中上健次の場合は、仕方ない貧乏とか暴力だったのだが、この作品中の女子たちは、自分からそんな男子を選んでそういう境遇になっているのだから、仕方のない不幸とは言えない、と思いました。
 それに、中上健次の場合、主人が妻に手を挙げるタイプの暴力はないからね。
 最後は、泣かされました。作り込んでストーリーで泣かせるのは、単なる技術だけどね。
 漫画家、西原理恵子としては、登場人物の友達がかけがえのない友達だったのでしょうね。もう少し別な形でのお互いに成長していく者同士の友情というのも世間にはありますが……。
 ある本で読んだのを思い出しますが、海の近辺に住んでいる者(とくに男)は、根っからは真面目になれないどこか遊び人の気質がある、ということを思い出します。
 主人公の遊び人の二番目の父が、ふと言う一言。「おまえは、なんか違う。人とは違う生き方ができるだろう」が、主人公が漫画家になるのを導いていますね。
 観る人によって、感想は異なると思います。

 

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

映画評論
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