立体交差になっている国道2号の橋梁が突然途切れていた。
佐伯たちはバイクを降り反転させた。他の道を探し、続きの2号に合流し、先を急
いだ。
「無茶苦茶だ」
中央区の山崎工業は工場は跡形もなく、併立する事務所ビルは一階部分がへしゃげ
て失くなり二階の半分もへしゃげて残りの八階までの上部が30度くらい傾いたまま立
っていた。
傾きとは反対側の路上に中背で熊のような体格でいかり肩の人物が埃まみれの背広
を着て二、三歩あるいては、事務所ビルを見上げて止まり、を繰り返している。
「堂門部長!」
佐伯はヘルメットのシールドを上げて声をかけた。
堂門は振り返る。
「ああ? 佐伯君か」
「そうです。アイメックスの佐伯です。よくぞご無事で」
佐伯と石島はバイクを降り、サイドスタンドを立ててヘルメットを脱ぐ。
消防のサイレンがけたたましい。山崎工業の附近は火が来てはいないが、レンガや
壁材の埃が立ちあがり特有の臭いで息苦しい。
「たまたま残業で残って、三階で寝てたから助かったんやよ」
堂門が指を二本そろえて立てたので、佐伯がジャンパーの下のスーツから煙草をと
って一本を堂門に渡し、オイルライターで点けてやる。
「何が起きたんか、訳が分からんかった。もう俺、死ぬんやな思たで、ホンマに」
狭い額の横皺に左手を沿わせながら堂門は笑う。
「堂門部長、ご家族は?」
既に面識のある石島が訊く。
「ご自宅、どちらでしたっけ」
佐伯が失礼のないように気を配りながら、確かめる。
「豊中。ケイタイがあれへんなってもてな。連絡でけェへん」
「それなら、私のを使ってみて下さい。どうぞ」
石島がウィンドブレーカーの下から堂門に渡す。
堂門はボタンを押して耳に当ててからしばらくして首を振った。
「アカンわ。何とも云わへんわ」
佐伯は自分のケイタイをとり出し、自社の登録番号を呼び出し通話ボタンを押した。
ツー、という待ち受け音がしているだけで全く呼び出しがかからない。
(アンテナ基地がやられてしまったか…)
山崎工業の社員がぱらぱらと訪れたが、堂門はそれぞれに、今は家庭を優先するよ
うに言って帰した。
上空で旋回するヘリコプターの数が増えてきて喧しい。
正午を過ぎた。
佐伯は丸菱工業へも様子を見にいかなければならないことを脳裏に巡らせたが、そ
れを一旦、延期することにした。丸菱工業も同等の被害だとすると、今必要なのは人
命救助と医療と食料だ。それに、DT250の燃料が心許なかった。
「堂門部長、とり敢えず弊社まで来られてはどうですか。ご自宅へ行かれるにしても、
交通が有りませんし……それに、何も口にされてはいないんじゃないですか。とり敢
えず、部長一人だけでも態勢をお建てなおしになって」
佐伯が堂門にそう提案した。
堂門は、佐伯から薦められた二本目の煙草を喫った。
「悪いけど、そう願えるだろうか。今のままではワシ、誰も救けることも出来ん」
「佐伯君、三人分の足がないわよ」
石島が問題を指摘する。山崎工業の事務所の地下の社用車の駐車場へも出入り口が
瓦礫で埋まって行けない。入り口だけの問題ではないだろう。無事な車があるとは到
底思えない。
「DTに、三人乗りしよう。違反だけど」
場合が場合だけに警察も目を瞑ってくれるだろう。
佐伯が、小用を済ましておこう、と他の二人に言い、山崎工業の倒れかけたビルの
周りの路上でそれぞれに用を足した。石島も上手く死角にはいって済ませた。
石島がコンパクトサイズのデジタルカメラで山崎工業ビルを含めた廃墟を十数枚撮
った。
運転が佐伯で、安全上の面から石島を二人の男が挟んだ。堂門にはヘルメットがな
かった。
「部長、シートの左にステがあるんで、そこを掴んどいて下さい」
「私はいいですから、手ェまわしてもらう方が安全ですから」
石島がそう配慮する。
堂門は、ああ、とだけ小さく言った。
佐伯は時速50キロまでで運転した。
もう少しで淀川という辺りで休憩を入れた。
堂門は疲れ切っている様だった。唇が薄紫だ。
コンビニでサンドイッチとおにぎりとお茶を買い、駐車場で三人で食した。咳き込
む堂門の背中を佐伯はさすった。
足の事を考えていなかった自分に気づき、佐伯は自責した。三人乗りの場合、三番
目にはステップがないのだ。堂門の身長とDT250の車高からすると足が地面に触
れてしまうことはないが、車輪に当てずに足を落ちつかせる所はあっただろうか。
佐伯は、石島に2万わたし、部長とタクシーで帰るように促した。ここまで来れば、
タクシーも拾える。
何で、私はバイクで充分よ、と言う石島を置いて、佐伯はスターターをキックし、
発進した。