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さしさわりのない記事も、それはそれでいい。だけど…

 これだけインターネットが普及して、集合知がネット上に溢れているのだから、

殆どの人が、知りたい情報に行きつこうと思えば、簡単に行ける。

 そんな時代に、さしさわりのない記事をブログで挙げていても、誰も見向きもしないだろう。

「そんなことは、アナタに聞かなくても既に知っている」

 と、誰もが思うからだ。

 あたりさわりのない記事でブログを書く、というスタイルは、それはそれでいいと思う。

 たとえば、趣味に特化したブログなら、ほのぼのとした気持ちで読者は来てくれる。

 でも、自分が他を出し抜いて一番になろうと思うのであれば、いささか言い過ぎになる記事を挙げるのを躊躇していては駄目だろう。

 週刊誌の記事は、名誉毀損ぎりぎりだが、そんな記事にするのは、読者のニーズに答えているからである。

 誰でも、そこを聞きたい、と思うことがあるのだ。

 車谷長吉氏の『妖談』にも書かれていたが、顰蹙を買う内容ほど出版社はオッケーを出す。

 私の知り合いでも、私のことを題材にして小説を書いて、しかも最終選考まで残った奴が居る。

 いや、居る、と憶測している段階なのだが、

また、そいつ、俺の本名とか平気で作品につかっている。

 阿呆が。

 お前の筆力では、いつまで経っても日の目は見んわ。

 作品にするなら、登場人物のモデルになっている人との名前を変えるのは常識だ。

 痛風で酒が飲めんようになって、そんなやり方でしか鬱憤が晴らせないのか。

 他人のことを実名で批判するなら、たとえ作品中でも、その作品に自分を100パーセント投影しろ、長所も短所もだ。

 それが出来んから、お前の作品は、読んでても読み応えがないのだ。

 まあ、怒るのは、ここまでにして、ともかく、一歩踏み込んだ記事、それを誰もが求めている。

 出し方には、最低限の礼儀があるのも忘れないように。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

 万年筆を愛するあなたなら、きっとこの物語の「手触り」を感じていただけるはずです。

 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

真夜中のつれづれ記……
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