『金貸しから物書きまで』読了(追記あり)

 広小路尚祈(ひろこうじ・なおき)さんの、『金貸しから物書きまで』を読みました。


金貸しから物書きまで (中公文庫)

金貸しから物書きまで (中公文庫)

  • 作者: 広小路 尚祈
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/11/21
  • メディア: 文庫

 例によって、感想は、追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 私小説ではなかったとしても、作者の人生を投影している部分もあるのではないかと思

える。

 それは、仕事の就労中の出来事や心理の描写が細かいからだ。

 若いうちにミュージシャンになろうとしたがなれず、普通一般の人がスキルを身につけ

ておくべき時期を棒に振ったという経緯は、私と同じだなぁ、と思った。

 商工ローンの会社からサラ金の会社へ。

 そこでのノルマ達成のために毎日支店長から、ねちねち言われる様子が、詳細に書かれ

ている。

 顧客への督促、新規獲得のための勧誘の電話など、実際に読者がその場に身を置いてい

るように感じるほどディテールに富んでいる。

 一日に二回まで、と決められている延滞した顧客への電話を、「規則を守っていては、

ノルマを達成できないだろう」と、さらに電話するように言う支店長に、主人公は怒って

しまう。その場で胸ぐらを掴んでしまう。

 「ひょろひょろ野郎」と主人公は心中で支店長のことを呼んでいる。そういう気持ちは、

私も人に使われたことがあるのでわかる。

 支店長に弱みを握られたことで、また、自分が支店長を殴ってしまうのではないか、と

いう不安から、通勤の会社がある駅まで来た主人公は、別のホームの電車に乗って、バッ

クれてしまう。こういう動機で仕事を辞めた経験が私にもある。暴力をふるってしまえば

犯罪者となってしまうからだ。それくらいストレスが溜まることは、よくある話だと思う。

 仕事を辞め、失業保険をもらう手続きも郵送で出来るように、妻に電話で支店長とやり

とりさせ、失業保険をもらっているまではよかったが、履歴書が上手く書けないやら、面

接先の社長に啖呵を切ってしまう、など有って仕事が決まらない。

 五歳だったか三歳だったかの息子を抱える主人公。嫁がフルタイムで仕事に行ってくれ

るようになり、切り詰めてではあるが生活はなんとか成り立つ。

 一日千円の小遣いを妻からもらい、安い煙草一箱と文庫本を買って、それを一日、家で

読むことで過ぎていく日々。

 それにしても、古本の全集なども買ってきては二日ほどで読むし、文庫本の小説なら一

日で読んでしまう主人公は、読むのが速いなぁ、と思った。

 印税生活を狙うつもりではないが、妻にハンドメイドのプレゼントをしようと思って書

き始める。小説を。最初は、奇をてらった作品だったが、妻の助言によって、日常を切り

取った文学の路線になる。

 大学時代から、自分をライバル視する友人が一人いて、その友人との成り行きを追う内

容の小説。

 自分の恋人を引きはがして自分のものにした友人だったが、却って主人公は、そのこと

を喜んでいる。それは、すぐ後に意中の女性にアタックし、そちらとねんごろになるから。

そして、元の恋人のセンスのなさ、タイミングの悪さ、言葉遣いの悪さ、わびさび、を共

感できないところ、などの詳細が、小説本編では語られる。玉露は熱いお湯で入れてはい

けないこと、など、その蘊蓄もかなりのものだった。

 美術のプロを目指す、ということでライバルだった主人公と友人だが、主人公のほうは、

妻との生活のため、することを切り替えて鉄工所に働き出す。この辺りが、主人公と友人

を対立させ、生き方を語らせて、どっちの生き方のほうが望ましいのかを読者に考えさせ

る。夢を追いかけるため、足元の生活はジリ貧でもいいとするのか、夢など諦めて核家族

での幸せな生活のために生業をするのか、ということである。

 一作目の投稿作品は一次選考通過という結果。その後も書き続けるという現在、で本編

は終わっていた。

 楽観的な妻。その妻に助けられての生活。

 夫婦は相性。それも一生つき合うのだから、それが一番大事なことかな、と思える。

 仕事のことで落ち込んで、かなり危うい自殺寸前のような心理になっても、妻が楽観的

で、またお互いの会話が合うことで主人公は救われている。

 サラ金の会社での仕事、鉄工所の仕事、それらの職場での仕事内容と人間関係が、

詳細に書かれている。著者プロフィールを見て、どうしてそこまで書けるのか納得した。

 大変面白かった。五段階評価で五である。

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