酒、煙草は二キロメートルほど先のよろず屋のような個人経営のスーパーに売って
いた。車も単車も自分のものはないのでおれは切れると歩いて買いにいった。六畳間
に冷蔵庫も置いてくださったので、そこに買い溜めした酒類を詰めた。
車を貸してくださいと言えば或いは快く貸してくださったのかもしれないが、打診
することは控えた。
おれは、田舎の人たち、近所の人たちと挨拶を交わすようになった。
四十代から上の世代とは簡単に仲よくなった。小学生や中学生ともたまに話すよう
になった。ただ問題は二十代三十代の大人だった。それぞれにひと癖あった。こちら
が挨拶しても無視する人が多かった。
隣りの下川という家の若い嫁さんが一番むづかしかった。
四方田家と下川家の裏手に、村人が共同で使う水汲み場があった。井戸ではない。
標高千メートルの山から小さな川が流れ、それが何本か合流して或る程度の流れにな
っている。その流れを二十数年まえに村民が金を出し合ってつくったコンクリートの
四角い池が一旦たくわえるのだ。そこから溢れた水がまた流れとなって田畑の方に向
かっている。
下川夫人は毎朝その水を汲みにくる。
そこで農作業に出かけようとするおれと出くわすのだが決まって挨拶をしない。目
も合わせない。
バケツに一杯汲むとそれを持ってすぐ踵をかえす夫人。
おれの朝は、毎回気まずい空気ではじまる。
下川さんの夫は製薬会社の工場につとめている。三人の幼児がいる。一番上が女児
で小学校一年生。二番目三番目は男児でまだ小学校に上がっていない。五才と三才と
いった処だろうか。この地域にないからなのかも知れないが、この近隣で幼稚園や保
育所に通っている子はいない。おれが畑にはいっていると幼児たちが遊びまわって、
ときには囃したてる。
「おっちゃん、何で畑なんかしょんの。田舎じるし、田舎じるし」
豆を蒔いているときは鴉に注意しなければならない。目の善い鴉は上空からどこに
蒔いたかを見ている。水もやらずに土をかけただけで、夕方その場を離れるとほじく
り返されて啄まれる。
下川さん家族は実にバイタリティーがあると思う。このような時代に、三人の子を
育てながら会社勤めと農業をしている。
おれの家族のように、中年が結婚していなくて幼い子がいないのが、中江市などで
は恒常化している。
平日はおれと四方田夫人以外に畑に出ている人はいない。すべての家が兼業農家で、
主人が仕事から帰ってからトラクターや田植え機で一気に広範囲をやっていく。
夜、四方田夫妻と父母夫妻と一緒にご飯を食べていると、四方田夫人が言った。
「明日は、お話し会があります。佐伯さんも出てくださいね」
明日は土曜日だ。公民館で『お話し会』というのがあるらしい。
地域の親睦会のようなものだろう、とおれは思った。
コメント
>thisisajinさん
ナイスを有り難うございます。(^。^)