「お義兄さん、後のことを宜しく頼みます……」
義妹の宏美にそう言って手を握られた。宏美の手は老いて萎んでいた。
宏美ももう八十五歳。
天寿を全うしての最期だった。
喪主は私からみて甥の清彦が務めた。
「あの方が」
通夜の読経のあとの長い夜がはじまりかけた頃、寺の座敷の方々で起こる囁き声が、私
の耳にはいってくる。
室井清彦はもう六十歳。
叔父の私は八十六歳になっていた。
「君は、清彦さんのお孫さん? もう今日は、後のことは年寄りでやるから帰ったらいい
よ」
六十代くらいの恐らく清彦の同窓生と思しき男が私にそう言う。
「いえ、私は、清彦の叔父ですから」
「叔父って、君」
そうなのだ。
私は老けないのだ。
八十六にもなっているのに、見かけがどう見ても二十歳そこそこなのだ。
三十後半あたりでは、髪をバックに寝かしこんだり髭をたくわえたりしてそれなりの年
齢には見られたのだが、四十なかばを超すと、笑いごとではなくなってきた。
何しろ自分より二まわりも下の初対面の人からため口でものを言われるようになったか
らだ。
六十五を超して年金を受ける歳になると、役所でも信じてもらえずひと悶着あった。
さらには、実母を見送った後、実弟二人も見送った。
義妹を今回見送る。
最早、この室井家には私の年代に近い者は一人も居ない。
それなのに、私は二十代のような童顔なのだ。
肌艶も衰えてない。髪に僅かに白髪が交じっているだけで、酒も煙草もばんばんに飲め
るし生殖機能にも問題がない。
聖書では、人が恋愛結婚をするようになってから全ての人類は百二十年までした生きら
れなくなったと記してあるが、私は百二十歳で死ぬのだろうか。
或いは唐突にある日を境に老けこむのであろうか。
【作品で出てくる人間の寿命が120年までとなった理由は、実は別にあります。】
済みません。この作品は未完でした。