自作原稿抜粋

自作原稿抜粋

『おれたちの仕事と長い夏』(最終章)

晩飯を食ったあと、独りで宮殿に行った。「室井さん、小説を書けばいいのに」 またしても、リツにそう言われた。 まだ暑かった。 ランダムな数列が詰まっている脳に、さらに関連のない千個の数字が割りこんできたように熱を帯びる頭を冷やそうとして、氷の...
自作原稿抜粋

『ねずみ』(ショート・ショート)

トイレの戸を開けた。 ねずみが居たので、威嚇して閉じ込めた。 用を足してねずみが逃げ出さないように、急いでふたたび戸を閉めた。 それが、昨日の十一時のことである。 朝起きて、トイレの戸を開けると、便器にねずみがいてこっちを見ていた。 退治す...
自作原稿抜粋

短編小説『老けない』

「お義兄さん、後のことを宜しく頼みます……」 義妹の宏美にそう言って手を握られた。宏美の手は老いて萎んでいた。 宏美ももう八十五歳。 天寿を全うしての最期だった。 喪主は私からみて甥の清彦が務めた。「あの方が」 通夜の読経のあとの長い夜がは...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー11(事情により今話で打ち切り)

先生の話しが終わると、四方田夫人が壇に戻り、「それでは御力を受けます」と言って他の四人の赤い作務衣を着た女の人に合図をして言った。「合掌! 聖体拝顔!」 皆が合掌した。 カーテンが開かれた床のようなところには透明な球が座布団に載っていた。直...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー10

【この物語りはフィクションです。実在の団体および地名とは無関係です。】  翌日、会社が休みの四方田さんの主人も村の人も、朝から誰も農作業には出なかった。おれは雑草ひきだけでもしようと玄関を出かかったが、夫人に止められた。「佐伯さん、今日は、...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー9

酒、煙草は二キロメートルほど先のよろず屋のような個人経営のスーパーに売っていた。車も単車も自分のものはないのでおれは切れると歩いて買いにいった。六畳間に冷蔵庫も置いてくださったので、そこに買い溜めした酒類を詰めた。 車を貸してくださいと言え...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー8

何故、神経症になどなったのだろう。 医者からはベゲタミンという睡眠薬を出された。昼間はコントミンとピレチアという二種類の安定剤を飲んでいる。 もう仕事では使いものにならないだろう。昼間も眠けでぼうーっとしている。しかし、薬を飲まないと神経が...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー7

佐伯は精神科へ通うようになった。 石島の死体を見た他の者にもショックはあった。 だが佐伯が一番重傷だった。 挨拶まわりが終わって普段の業務に戻った。相変わらず、自分を忙しいように見せかけてしまう仕事のやり方だった。 或る日、佐伯は部下の業務...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー6

毎朝、出社して三十分の部内会議を了えると、ライトバンで出る日々になった。 ーーー基本的に挨拶まわりだから、アポイントは入れなくてもいい。 御手洗にそう指示されたのですぐに車に乗る。府内を巡って相手方に着く。運わるく相手が留守のときもある。他...
自作原稿抜粋

『1995年』ーーー5

結局、誰一人として被災地にまで行けなかった。車での神戸入りはほぼ無理なのだ。夜の八時すぎに先頭車両がやっと西ノ宮にはいったところだった。社長の権藤と各部の部長は話しあって、全員に引き返すように伝えた。 物資の支援どころではなかったのだ。 大...
PVアクセスランキング にほんブログ村 新(朝日を忘れた小説家)山雨乃兎のブログ - にほんブログ村