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キリスト教の『自殺は罪』という解釈に反論

 結論。
 イエスを裏切ったユダが自殺という行動を起こしているから、自殺という行動自体が罪なのだ、という解釈がキリスト教ではされている。

 しかし、私は、反論する。

 イエスが十字架に架けられて死んで神と合一することは、旧約聖書で預言されていた。
 だから、必然的に、誰かがイエスを裏切って祭司長たちに引き渡す必要があったのである。

 お金をもらうことでイエスの居場所を密告したのだが、ユダ自身が預言が成就するために必然的に行った行動かもしれない。
 いや、そうではなかったとしても、ユダの行動は、旧約聖書の預言からみれば必要だったのである。

 ユダは、イエスが処刑されたあと、「自分はとんでもないことをしてしまった」と自分を責めて谷間に身を投げて自殺したのだ。
 ある意味、自分の行動の責任をとるための自殺だったとも言える。

 この一連のストーリーを鑑みないで、「裏切り者ユダがとった行動だから、『自殺』は罪である」という解釈の仕方に問題があるのだ。

 しかも、その裏切り者ユダも今では赦されてキリストの下にいる。

 何も私は、自殺を薦めているのではない。

 しかし人間は、進退窮まったとき、或いは責任をとる意味で自殺することはあるのだし、それを一概に責めることはすべきではない、と考えている。

 私はこのブログで万年筆の魅力を綴ってきましたが、実は長年、その万年筆を相棒に物語を紡いできた小説家でもあります。

 インクが紙に染み込むように、人の心の奥底にある「光と影」をすくい上げたい——。そんな想いで書き上げたのが、私の代表作『閉鎖病棟』です。

 閉ざされた場所で交錯する、剥き出しの人間模様。 作家として「本当に面白い、価値のあるものを届けたい」という一心で、一文字ずつ丁寧に命を吹き込みました。

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 画面を閉じる前に、ぜひ一度、私の本の世界を覗いてみてください。

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